きらりと光を跳ね返す、左の耳朶に引っかかった三つの金属。こいつが道で腸をぶちまけていた時からずっと身に着けている制御装置だ。一番下にあるそれに触れてみると、座り込んで本を読んでいた八戒がゆるりと振り向いた。 「どうしました?」 「コレってさ、買った訳じゃねーんだよな」 八戒は突然の質問にきょとんとするも、少しおいて爽やかに笑んだ。 「『戴き物』です」 「……おう」 なんというかその、詳しく聞く気にはなれない話だった。血塗れの手で無残な屍からソレを「戴く」図が見えた気がして。 「そんなに気になります?」 「いんや、痛くねーのかなーって」 「慣れれば特には。ずっと着けてるものですしね」 「へぇ」 耳朶の晒された部分を撫でつつ、親指と人差し指でそっとカフスを挟む。その下に八戒の柔らかい肌がある、と思うと唾が湧き、冷たい金属がこの上なく邪魔に感じた。 外してしまいたい。服を脱がせるみたいに。 指先に篭った思惑など知らず、くすぐったいですよ、なんて笑いながら八戒は本に視線を戻そうとする。 「つッ」 金具の開いた部分を拡げるようにして、強引に引っ張った。一瞬上がった痛ましい声に思わず息を呑む。 「何して……」 「あー、痕ついてんじゃん。いったそぉ」 「ちょっと悟浄、危険です。分かってるでしょう」 無視する俺に真剣な声で忠告しつつ八戒は、まだそれほどは焦っていない様子だった。そう、勝手な考えだが八戒が装置を三つも着けている所以は、一つで妖力を抑え切れないからというより不慮の事故で外れた時の為の保険なんじゃなかろうか。三分の一の制御を解除したからと言って、三分の一の妖力が一気に放出される訳じゃないだろう、多分。 そんなことを思いつつ、まじまじとその痕を見つめて撫でる。装置が噛んでいた箇所はくっきりと凹んで、皮膚の色も少し赤らんでいた。 「結構食い込んでたんじゃね? 痛いの好きとか?」 「馬鹿言わないでください、何かの拍子に外れたら困るからです。あと痛くはありません」 「さっき痛がってたろ」 「荒っぽい外し方するからでしょう。本当は上の方からずらし……」 ふと言葉が途切れ、本を取り落とした八戒がこめかみの辺りを押さえて小さく唸った。 「ッうぅ……ほ、ら、戻しなさい」 額に汗を浮かべつつ睨んできたその瞳の色は、微かにいつもと違う気がした。やがて八戒は苦しそうに胸の辺りに手をあて、呼吸を乱し始めた。うっすらと妖気の流れが感じられる。八戒の中でそれが、ほんの少し目を覚ましたのか。 想定を外れた事態に動揺させられ、しかし肩で息をする姿に確かに欲情をかき立てられ。俺の中でも少々性質の悪い何かがざわつきだした。 「悟浄」 「……ヤダ」 俺の方へ伸びてきた手をどうにか躱し、握っていたカフスを閉じて八戒の首元で手放す。 「ひゃ」 不意に背中とシャツの間に冷たい金属が滑り込んで、八戒の肩がびくんと跳ねた。ただでさえ可愛い反応が、荒げた息と紅潮した頬のせいで何倍もやらしくて堪らない。そのまま後ろから抱きかかえて、剥き出しの耳朶を食みつつカフスの痕を辿るように舐めてやる。抑えた声を飲み込む音が微かに聞こえた。 空いた八戒の左手はまだ服の中をごそごそと動き回っている。ついにジーンズの中に潜り込んだそれを追って掌を重ね、どさくさに紛れて滑り込ませた。 「ちょ、っと……」 「……このまま、やりてえ」 耳元に唇をくっつけて言うと、八戒は呆れきったように深い溜息をついた。 「……血が流れても知りませんよ」 布と肌の狭間で掴み返された手の甲に、ぐっと爪が立てられる。普段より強い指の圧と心持ち長い爪が骨の間に深く食い込んで地味にかなり痛い。しかし振り返った八戒のぎらぎらと獣じみた眼に捕えられると、焼けるような手の感触すら愛おしくなってゆく。痛いのがスキなのかなんてからかっておいて、俺も大概かもしれない。 徐々に堕ちながら想像するのは背中に突き立てられる棘と、理性の箍が緩んだ八戒の存分に乱れる姿。きっとおかしくなりそうなぐらいに刺激的だ。 2013-03-20 |