ねぇ、今日の僕おかしいんです。
 妙に気が昂ぶっていて、それでいて心が冷め切っているというか。そもそも、そうやって悠長に自己分析を続ける余裕すら無いんですよね。だから悟浄、気が確かなうちに心の中で謝っておきます。
 どうか、今だけは許して。

 明け方、暗く血生臭い夢から目覚めてすぐのこと。
 隣の布団を見やると、当然ながら同室の悟浄はまだ熟睡している。意識を現実に繋ぎとめる為に、生きていると確認する為に、その寝顔を瞳に焼きつける。ついこの間、旅を始めてからは青いヘアバンドをしていたものだから、久しくまともに見ていなかった額を撫でた。
 眠る悟浄を俯瞰に捉えれば、シーツにばらばらと拡がる髪に釘付けになる。無彩色の僕を補うような、華美とは程遠い安宿の一室に花を添えるような、果てしなく鮮烈な色。艶めく一本一本が乱れ、広がり、血溜まりのようで、なのにとても美しい。そんなものを見ていたら、もう何だか堪らなくなる。
 貴方の紅に溺れたい。
 飲み込んで飲み込まれて、溶けてゆきたい。
 贖罪の血の色。そう決めつけた筈なのに、あまりにも優しく美しくて依存してしまう。
「悟浄」
 無防備な身体に跨って、唇をなぞる。ここにもほら、愛おしい貴方の紅。
 抑えきれず唇を重ね、貪るように内側を抉った。組み敷いた身体がびくんと一度跳ねて、ゆっくりと瞼が開く。徐に現れる二つの紅玉。
「ん、っ……ふは」
 唇の合間から苦しそうな息が零れた。僕は抜いた舌をそのまま向かって右の瞳へ、
「ってオイオイオイ、駄目だって!」
 甘そうな眼球は、閉じた瞼と阻む手の甲に隠されてしまった。こちらが諦めたのを悟ると、悟浄はやがて落ち着いて真っ直ぐ僕を見た。
 薄暗い中、澄んだ真っ赤な瞳が僕だけを映している心地良さに、身体が震える。思わずまた唇にかぶりつくと、憐れむような掌が飢えた獣の髪を撫でた。
「……ったく」
 ああ、そうやって、甘えたがりの女性を宥めるように言うんだ。もう何度も僕に犯されてるくせに、そんなに優しく、いい男ぶって。やめてくださいよ。
「貴方、順応性高すぎなんです」
「へ?」
「何やっても流されっぱなしというか、いまいちリアクションが薄いので」
 くい、と二本の指で顎を持ち上げた。半開きの隙間に、今度は舌じゃないものを捻じ込んでやろうか。
「見せなさい。もっと怯えて、壊れた貴方を」
「はっ、かい?」
 一瞬、瞳の奥の火が恐怖に揺らいだように見えた。そう、その煽るようなカオを、もっと。
 貴方の紅に溺れたい。
 弄んで痛めつけて、隅々まで味わい尽くしたい。
 業火に燃える瞳を濡らして、咲き誇る唇を白く穢して、血溜まりのような髪を掻き乱したい。
 顔の真上に跨って、ホックを外した。そのまま腰を下ろし、取り出したそれを唇に押し付ける。
「っんぐ……」
 頭をシーツに押さえ無理矢理塞いでしまうと、内側に彼の熱い息が籠る。何物にも替え難い温もりに、思わず小さく笑い声が洩れた。
 もっと痛がらせるのも好いけれど、今はただその色を間近に見ていたいから。
 更に押し込んでいけば唇は淫らに濡れ、目頭には涙が浮かぶ。懇願するように見上げる視線が心を満たしてゆく。抵う悟浄の爪が腿に食い込む。
 怒ってますか? 呆れ果てて怒る気にもなれませんか? これでも内心「しょーがねーな」なんて僕を甘やかしてるつもりなら、苛立って仕方ありませんけど。嫌いなんです、貴方の優しすぎるところが。
 爪を立てていた指から力が抜けてゆく。窒息させるのも本意ではないから腰を上げると、唇と、中に巻き込まれていた何本かの髪の毛が、唾液と先走りに包まれて煌めいた。
「ッ…………はっ……かい」
 顔までも真っ赤にして肩で息をしながら、絞り出すような掠れた声で、僕を呼ぶ。
「……怖ぇ」
 弱々しい響きに背中がぞくりとした。濡れてぐしゃぐしゃに崩れた顔が、嗜虐心を限界まで煽る。
「……最高ですよ、その顔」
 欲しかったモノは全てここにある。再び目覚めて正気というやつが戻って来るまでは、何があっても手放さない。

 さあ、その紅い花が汚れ散りゆく様で僕を魅せて。




2012-06-22