おめでとうございます。 目覚めた瞬間そう告げて極自然に唇を重ねて、一緒に遅めの昼食をとって、眠たげな貴方にもう一度キスをして、ベッドまで見送って。何てことのない平穏な日常、に見えていたのに。 「っ……!」 悪い予感を抱かせる声が聞こえた。寝ついたらしい悟浄から離れ、夕飯の仕込みに取り掛かった頃のことだ。 近づいてみると、微かに痛ましい声と共にベッドに横たわる身体が悶えて寝返りをうっている。壊れ物に触れるように、横からそっと手を伸ばす。脈打つ首筋を撫でれば、安堵したように嘆息が漏れる。すこし官能的な一連の所作は、しかし深い哀しみの色を反映していて。 「……ろして」 やっぱり、あの夢。 甘い祝福の音は、癒えきらない傷口を抉る刃物にもなったのだろう。血の薫りに囚われる限り、生まれを呪わずにはいられない。貴方も、そして僕も。救いたいなんて厚かましいことを願った覚えはないのに、救えないことがこんなにも歯痒い。身勝手なものだ。 寝乱れた長い髪を撫ぜた。いつもより少しぱさついて、櫛通りが悪かった。 ほんの少し、あと少し、できるだけ永く一緒に居られたら。また貴方とこの日を迎えられたら。 その時にはもう目蓋の裏の記憶に怯えず、笑って過ごせるのでしょうか。 やがて悟浄は少し落ち着き、コンロで牛肉の煮える音だけが際立ち始める。ことこと。温かい音と空気が部屋を満たす。 「悟浄、分かります? とびきり良いお肉が入っててね、今夜はビーフシチューなんですよ。こういう機会でもないと中々凝れませんから……だから、」 悟浄の手首が、また一瞬ぴくりと痙攣した。包むように掌を重ねてやる。 「祝福させて下さい。来年も再来年も、ついでですからその先も。ずっと、あなたを――」 それはまだ至らなかった、21歳の僕からの約束。 2012-11-09 |