――がさっ。 「ッ!」 締め切った部屋まで届いた葉擦れの音に、身体が心持ち強張った。 「悟浄?」 「……あ、いや」 何でも無さそうに答えつつ、その視線は物干し竿の向こうの茂みに向いていた。 どうも、窓の外から見られていないか気になるらしい。こんな辺鄙な所に誰も寄りつかないとは思うけれど、確かに彼の容姿では偶然遠目に見られただけでも即座に特定されてしまう。 「確認します? 動物か何かだと思いますけど」 「……ん」 生温かく濡れ始めていたモノを手放し、開かせて担ぐように肩に載せた脚を下ろすと、片膝に引っかかっていた下着がするりと抜けて床に落ちた。蹴飛ばすように爪先でそれを振り払い、悟浄が徐に立ち上がる――全裸で。腰の引けた前傾姿勢で外を覗く――もうびっくりするほど危機感の欠片もない隙だらけの全裸で。 「ぉわっ!?」 反射的に後ろから腰を捕まえると、悟浄が奇声をあげて窓ガラスに手をついた。これまたなんというか見事に――お誂え向きの体勢だ。 「……あ、ちょうどいいじゃないですか」 「は?」 「誰か近づいて来ないか。『立ったまま』なら自分で遠くまで確認できるでしょう?」 「お前、」 じんわり疼きだした腰を軽く押しつけると、何かを察したように悟浄が声を詰まらせた。 「無理、だろ……!」 暴れようとした腕を躱し、上を向いたままのソレを強めに握りしめる。「いッッ」と悟浄が声にならない声をあげ、抵抗が弱まった。と同時に掌がずるりと滑り落ち、中腰に近い体勢になる。身長差を抜きにしても嫌味なほど高かった腰の位置が「ちょうど」のところまで下りてきた。 「悪いようにはしませんから」 そう囁いて撫でた脇腹は強張っていたものの、本気で抗う気配は既にない。ので遠慮なく、じっくり拝ませて戴こうと思う。 溢れる光に照り映える、焼けていなくとも少し濃い肌の色。鍛えられた肩や背中から此方に少し突き出されたお尻まで、滑らかに流れる身体の線。表面のところどころに浮かぶ汗は煌めきながら骨や筋の凹凸に沿って流れ、フローリングにぽたりぽたりと落ちてゆく。 「……ヤんならヤれっての、さっさと」 投げ遣りな低い声を合図に、漸く愛撫を再開した。 濡れた髪を手で掻き分けつつ、滅多に見られない項に、浮き出た脊椎に、肩甲骨の合間に、腰の上あたりの窪みに、唇と手指で柔らかく触れる。前戯ついでに塗った日焼け止めのにおいが溶け出すのにも構わず、噴き出る汗の粒をひとつひとつ舌先で拭う。食んだ皮膚に時折吸いついて、噛み痕を残してゆくことも忘れない。 「あんまアトつけんなよ」 「遅いです」 ここも、ここも、と人差し指で触れて教えると、5つ目あたりで「あーもーいい」と怒られてしまった。これをやけに恥ずかしがるのはやっぱり肌を晒すことが多いからだろうか。だからこそ沢山つけて、誰にも見せられない身体にしてやりたくなるのだけれど。 そうやって背中まで紅く染め上げつつ手を前に回し、ごわごわした縮れ毛を指先で弄ぶ。下着を剥くときにも確かめたその色を、改めて横から覗き込んだ。全体的には黒っぽいようで、よくよく観察すると光に透ける細い先端は赤茶けている。いっぱいの明かりの中でしか知り得ない事実。他に誰が、この色を一度でも見ただろうか。 「毛、ばっか、触んな……」 引き気味に窘めつつも悟浄は、先ほど握り潰されて萎えかけたソレを徐々にまた反応させている。触れそうで触れない掌に焦れて、苛立っているように。正直なところ僕もそれほど余裕がない。ああ、でもまだ準備が出来てないっけ。先に色々用意しておくの忘れたなあ。 そこでふと思いつき、ポケットにしまっていた日焼け止めを取り出して振った。すぐに伸びるから滑りが良くなるかは微妙だし、あまり肌に優しそうではないけれど―― 「あ、」 ぶしゅっ、と気の抜けた音と同時に、派手に散る白い飛沫が尻たぶを汚した。――どうも、中身の減った容器に空気が入り込んでいたらしい。ただそれだけのことなのだけれど、視覚的な刺激はダイレクトに脳にキてしまう。心音が、ひとりでに早くなる。疎らに肌を飾るそれを惜しみつつ塗り広げ、割れ目の内側へと指を差し入れた。すぐにボトルの上蓋を外して中指を液に浸し、そのまま入口へと突き立てる。 「ん、っ……!」 まず半分ほど呑み込ませてしまえば、あとは内壁が自然と指の太さに馴染んでゆく。中指だけならまだまだ余裕だ。くるりと一度掻き回すと「つめてぇ」と鳴く声は、冷房で冷えた指に対してか、中に染み込む液体に対してか。此方からすれば寧ろ、悟浄の中が生温かすぎて辛抱堪らない。一気に増やして少し強引に押し込むと、拒むようにぎゅっと肉の輪が縮こまった。それも徐々に熱を増し融けるように緩まって、あっという間に奥まで誘い込む。膨らんだ感触を中指の先がかすめると、濡れた中全体がひくひくといやらしく収縮した。 「……は、」 吐息の合間に漏れる声に殆ど苦痛の色はなく、ただ何かを押し殺すようなねっとりした響きが鼓膜に纏わりついてくる。すっかり慣れたものだと思う。もう後ろだけでもいいぐらいじゃないだろうか。 「いいですか、悟浄」 答えを待たずにジッパーを下ろすと、ん、と曖昧な声を上げながら悟浄が此方を一瞥した。 「脱がねーの」 そう言い終わるのさえ待たずに、悟浄はすぐ向き直ってしまった。一瞬だけ光に浮かんだ熱っぽい頬と眼が、まぼろしのように融けて消える。 「不用意に紫外線を浴びたくないので」 「……なんか、ムカつく」 「まぁそう言わずに」 服で覆われない首から上や腕には、既に日焼け止めを塗ってある。他にどうしても晒す必要のある箇所と言えばそれは、今まさに取り出そうとしているモノだけなのだけれど。 それだって、貴方の中に潜ってしまえば同じこと。 「っあ、」 つぷっ、と先端部をまず一気に咥えさせる。 幸い汗と先走りで濡れていたから、滑りは思いのほか悪くない。けれど指と違って思い通りに折り曲げたりはできないものだから、身体の角度が違えば挿れる角度からして違う。自分の腰を落としたり、悟浄の腰を持ち上げたりしながら、ゆっくりと形を嵌めてゆく。普段と違うところで擦れると、痛いのか気持ちいいのか両方なのか、悟浄が息を詰まらせてきゅんと締めつける。滑り落ちてすっぽ抜けそうになるたび縋りつくように絶妙に縮こまる襞の感触が、とんでもなく淫らでいじらしくて、頭がくらくらしてしまう。 「……っ悟浄、やらしい」 「うっせ、ぇ」 ちょうど先端が奥までくっついたところで、語尾が明らかに裏返った。 前後に緩く動かしてみると応えるように粘膜が蠢き、ぱちゅん、と篭ったねちっこい水音が鳴る。ぐにぐにと先端でこねくり回せば身体を支える腕が震え、汗をかいた掌がガラスの上を滑る。 「ッく……ぁ、っふ、」 規則的に一点を責め始めると、湿っぽい息を吐き出しながら身体が段々と上下に揺れだす。背に貼りついた髪は浮き上がり、ちらちらと光を弾きながら時折肩の向こうへ落ちてゆく。初め外を警戒しているようだった顔はぐったりと俯き、恐らく目は閉じているか焦点が合っていない。 理性が薄れるほど感じてくれるのは嬉しいし、渦巻く熱に呑み込まれる身体だって馬鹿みたいに気持ちいい。それなのに、何か物足りない。こんな悟浄を他の誰にも知られたくないと思いながら、誰かに見ていてほしいとも思う自分がいる。無遠慮な視線に晒されて、嫌だ見るなと喘ぎながら腰が砕けて逃げられずにいる彼を、後ろから―― 「あっ」 「ッッ!!」 窓の外を指差した途端、いきなり顔を上げた悟浄がガラスで強かに額を打った。と同時に一瞬、食い千切られそうなほど締めつけられてどっと汗が噴き出した。 「……ね、こ?」 「……猫ですが」 窓の右端からひょっこりと視界に入り込んだのは、薄汚れた野良猫だった。 声を上げた瞬間に偶然目が合ったと思えば、その場で立ち止まったのだ。餌をくれるとでも期待したのだろう。今は僕らの真正面にちょこんと座り込み、じっとこちらの様子を伺っている。初めの物音もあの子だったのかもしれない。 「脅かすなって……っひ、」 一瞬気を抜いた悟浄の中で急に動かすと、驚いたのか粘膜が窄んで卑猥に波打った。やめ、と微かに洩れる拒絶するような声。視線は恐らく、射抜くような猫の瞳孔に吸い込まれてしまっている。思わず背筋がぞくりとした。 「興奮、してるでしょう」 「……は?」 「見られてる、とか意識しちゃうと……ほら」 「ッう、ぁ」 腰を支えた片方の掌を前へ這わせ、ぬるつく感触を緩く掴んだ。ずっと触れていなかったのにソレはすっかり張りつめ、泣きじゃくるように粘液を垂れ流して焦れている。わざとそれ以上は触れずに手を離し、興味を失くしたように立ち去る観客を目で追いながら、更に深くまで抉り込んだ。 「っ……んん、ッ……!」 いよいよ立っていられない程その膝がわななくのを感じて、腰に回した手に力を籠めた。ああ、どうしよう。半端に落としたまま揺らす腰も、不安定な悟浄を支える腕も、正直そろそろ限界に近い。 それに何より、ちゃんと見てみたい。今どんな顔をしているのか、これからどんな顔をするのか。 「悟、浄、ちょっと」 「……へ、」 刺激しないよう慎重に引き抜いて、身体をこちらに向けさせる。と、放り出された腰がみるみるうちに抜けて、へなへなと窓辺にへたり込んでしまった。 火照りきった頬とそこを伝う汗は、もはや直射日光のせいなのか興奮のせいなのか分からない。顔にかかった髪を払うと、潤んだ眼とは対照的なかさついた唇が現れる。水を与えるように舌を這わせれば、あぁ、と小さく声を漏らして悟浄がふるふると身震いした。迂闊に触れればすぐ達してしまいそうだ。下に目を向ければ脚はだらしなく開かれて、どろどろに濡れた下半身が恥ずかしげもなく晒されていた。漸く腰を軽く持ち上げ、待ち侘びるように絶え間なくひくつく入口から――ずぶり、と一思いに突き込む。 「あ、ぁ……っ」 一瞬息を詰まらせた悟浄が、肩にぎゅっとしがみつく。それ自体はよく知る反応なのに、あるべき筈のものが伴わない。もう一度突こうと後ろへ引くと、それだけで中が窄んで全身がびくんと引き攣った。 「ぁ、あっ、あぁぁっ……!」 耐えかねて掠れた声は洩れっぱなしになっているのに。透明な蜜に覆われたソレは目に見えてひくひく痙攣しているのに。 「……ひ、待……っおか、し、ぃ……」 はぁ、はぁ、と息を荒げながら悟浄がまた小刻みに震えだす。ぎゅっと目を閉じて、額いっぱいに汗を噴き出させて。 「や……っば、」 断片的な言葉に続いて、浮いていた脚が僕の腰にしがみつく。 「ごじょ、」 と思えば、いきなり引き寄せられて唇にかぶりつかれた。 すぐさまもっていかれた舌が、じゅるじゅると音を立てながら悟浄の舌できつく抱きすくめられる。あっという間に頭をいっぱいにされて、全身の血が一気に下へ集中した。思わず喉から漏れる声も、混ざり合った唾液の中に溶けてゆく。中を満たした感触は更に膨らみ、どくどくと聞こえそうなほど激しく脈を打ち始める。 そして殆ど無意識に、手探りで悟浄のソレを捕まえた。剥き出しの先端を引っ掻くように爪で弾けば、喉からこぼれた嬌声のような音が舌の上で甘ったるくとろける。間髪入れず突き上げて奥を圧すと、ついに掌中の熱が跳ねて液を噴き上げた。押し出されたそれがとろとろと緩慢に溢れ出てくる間、悟浄は息苦しそうに、けれど貪るようにキスを続けた。喉から漏れだす熱い吐息と声が、幾度も幾度も粘膜を掻き撫でる。それでとうとう限界を超えた。暴れる舌に夢中で応えながら、搾り取るように締め上げてくる熱いその中に、欲望を余さず注ぎ込んでゆく。あまりの熱に、粘度に、痛みに、快感に、身体中がびりびり痺れて、世界が、白んだ。 「ッぷは……」 すっかり涸れ果てる頃に、舌も脚も自然とほどけた。二人して暫く俯き、ぜえぜえと肩で息をする。 「…………」 「…………」 2秒間ほど目が合ったのち、悟浄は手で顔を覆って俯いてしまった。あ、本気で落ち込んでる。大賢者タイムぐらいまでいっちゃってる。写真に撮っておきたいぐらいレアだ。 「……すっっっごく可愛かったですよ?」 優しく頭を撫でつつ髪を梳くと、「忘れろ」とか無茶なことを言いながらますます悟浄が項垂れた。もつれた濃い紅に、半透明の白が絡まってきらきらと光る。 「だーもー、わっかんねぇ……なんつーか、頭真ッ白にぶっとんで……ずっとイってた……っつーか」 「こっちで?」 言いながら繋がったままの部位に触れた手は、コンマ数秒で払いのけられてしまった。 簡潔に言えば彼の言った「おかしい」状態とは、射精なしに絶頂を迎え、且つそれを断続的に引きずってしまうという状態だったらしい。恐らくは、外側に触れられないまま内側ばかりをなぶられ続けたせいで。最終的には奥を突かれて吐き出させられた訳だけれど。ついでに言えば、この狼狽えっぷりを見る限り―― 「こんなの初めて、だったんですね」 薄々思ってはいたけれど、この人は元々自身の快感にさほど執着がないらしい。女性の身体は当然好きなのだろうけれど、嗜好そのものは多分限りなくノーマルだ。わざわざ自分で後ろを触ったこともないだろう。実際、初めの頃は指を挿れようとしただけで此方が軽く傷つくぐらいにドン引きされたし。 「……気持ち良かったですか?」 「……」 そこで黙り込んで恨めしそうにこちらを睨むのは、「ものすごく良かった」と認めるのと同義だと思うんですが。ああもう可愛いなぁ。色々してあげたくなっちゃうなぁ。悟浄が自分で汚してしまったお腹を指先で撫でながら、数分前の感覚を反芻する。 がむしゃらに求めてくる所作が愛おしくて。我を忘れるほどの快楽を与えられたことが嬉しくて。何より、すっかりその肉体をアブノーマルに作り変えてしまっていたことに今更気づいて、正直すごくゾクゾクした。本当、挿れられてこんなに悦んじゃう身体じゃ女遊びなんて―― 「……えっと、男遊びもダメですからね?」 「頭おかしくなったかお前」 いい加減抜け、と悟浄が曲げた脚で脇腹を蹴ってくる。つくづく足癖が悪いんだから。もう少しくっついていたい気持ちを抑え、ひとまずゆっくりと腰を引く。一緒にでろりと白濁が零れ出て、フローリングを汚していった。後で色々拭かないとなぁ。 「……さむ」 身体と身体の隙間を抜ける冷房の風に、悟浄が身震いした。あつくなりますか、と身を寄せると、疲れてんだよ、とつれない返事。そりゃ僕のほうだって、慣れない体勢でかなり疲れてはいるんですが。それでも飽かずに求めてしまうんだから手に負えないんですよ。 立ち上がり、気怠そうにガラスに凭れる身体を脚から引っ張って仰向けに寝かせた。光を受けたフローリングの上、崩れた放射状に拡がる髪が紅い花のようで美しい。なんて言ったらまた引かれてしまうだろうか。 「お疲れなら、じっとしてていいですよ」 言いながら跨って胸を撫で始めると、それはそれで気に食わねえとばかりに悟浄が腕を伸ばし、シャツの中まで手を入れてくる。触れられる感覚が久しぶりで、くすぐったさに思わず身を捩った。 「……つーか、いつまでヤる気よ」 「……日没まで?」 至って真面目にそう答えると、まだ少し呆けていた顔がみるみるうちに引き攣った。そんな無言の抵抗にも臆することなく、乱れた髪を掬いながら僕はただ想像する。 真っ赤な夕日の中に躍る紅も、それはそれは乙なものだろうと。 2014-11-09 |