「ねぇ八戒さん」 「はい」 「どこでいつの間にこんなモン手に入れたの」 「聞きたいですか?」 「……遠慮しときマス」 目が覚めると俺は女子高生になっていた。 何を言っているのか分からねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった。 おおかたコーヒーに変なモンでも混ぜられたんだろう、ベッドで熟睡してしまった俺の服を八戒は人形でも扱うみたいに平然と着せ替えたらしかった。白い長袖の開襟シャツにリボン、極めつけに粗いチェックのプリーツスカート。ちょうどファスナーが上がったところで俺が目を覚まして今に至る。 「たまにはこういうのもいいかなぁ、なんて思いまして」 なんで微妙に得意げなんだ。ていうか会話の流れも含めてデジャヴだと思ったら、前にも似たようなことがあった。あのときは手錠だったか。とするとアレか、これはプレイの一環なのか。遠まわしに女装セックスしましょうって提案してんのかコイツは。提案っていうか確実に俺の意見聞く気ねえけど。 「……イヤつーか女装って、そんな何の準備もなくできねーだろ」 折り目正しいプリーツから伸びる野郎の脚を見つめる。こんなモンちらつかせたところで大分斬新な気色悪さしか生まれねえわ。そもそもネタでも女物を着られるような体格じゃない筈なんですけど、なんでサイズがぴったりなんですかねこの可愛らしいスカートは。 ベッドの脇に屈んだままの八戒は寝転んだ俺の捲れた裾をちまちま直しつつ、待ってましたとばかりに輝く笑みを見せた。 「やだなぁ、勿論ちゃんと考慮してますよ」 まさか脛毛全剃りとか言わねえだろうな。 八戒が手元の紙袋をごそごそ漁る間、俺は祈るような気持ちで固まっていた。 「じゃーん。ちょっと厚めのタイツを買っておいたんです」 「お……? おぉ、なるほど」 良かった良かった。あれ、別に良くはねえわ。状況なんも好転してねえわ。流されないで俺。 「全剃りも考えたんですけど手間がかかりすぎますしね」 「考えたのかよ」 手間がかからなかったら睡眠中を狙って人の体毛処理をするのかこの男は。しつこく渋れば本当に脛毛を失いかねないので、取り敢えずタイツを受け取ろうと手を伸ばす。 「あれ、悟浄。トランクスの上からじゃ履けませんよ?」 「は?」 これを、と八戒が次に取り出したのは、ほんのちょっとの布とレースだけで出来た大胆な赤のショーツだった。一見清純そうなねーちゃんが身につけてたら俺的にはかなり燃える感じの代物だが当然自分で履いたところで何一つ楽しくない。履きたいとも思わない。ていうかそもそも、 「……物理的に無理じゃね?」 「それはそうですが止むを得ないので」 どう止むを得ないんだ。そこまでして俺が制服を着こなす意義って何なんだ。とか冷静な頭では思うのに状況が前代未聞すぎて的確に言い返せる言葉が行方不明。常識って、何だっけ。 するするとスカートの中からトランクスを下ろされる。それを丁寧に畳んでベッドの脇にそっと置いた八戒の手が、はいどうぞと爽やかに赤と黒の薄布を差し出す。結局俺はそれを受け取ってしまう。 ベッドから下りて、かわりにそこに座った八戒に一旦背を向け、とりあえず適当に足を通した。やっぱりどうあがいても赤い下着は下着としての役目を果たせそうにない。どうせすぐ脱ぐんだろと諦めてさっさとタイツまで履いてしまってから、違和感に気づく。 「……な、これタイツも女モンだろ?」 「まあ、スカートに合わせるわけですし」 「いやキツいんだけど」 「脚は細いから大丈夫でしょう?」 「ソコじゃなくて……っ、て、ちょ……!」 急に後ろから伸びてきた八戒の腕が、がっちり腰に絡みつく。そのままぐいと引っ張りこまれて開いた脚の間に座らされてしまった。 「髪型もちゃんと合わせましょうねぇ」 子供に向けるような弾む声で語りかけて、八戒は取り出したブラシで俺の髪を軽く梳き始めた。手早くサイド以外の髪が高い位置に纏められ、ピンを差しつつぐるっと器用に丸めこまれる。お団子っぽい感じにされたらしい。はい完成、と歌うように言った八戒が後ろから俺の顔を覗き込んだ。 「っふ……とっても似合ってますよ、悟浄?」 おい半笑いじゃねえか殴んぞ。 幸か不幸か鏡になるものも見当たらなくて、自分が今どういう状態なのかよく分からない。どうせ間抜けなことになってんだろ。ああ早く日常に戻りたい。 「心配しなくても、ちゃーんと可愛いですから」 「、」 心を読まれたような台詞のあと、急にむぎゅっと抱きすくめられて心臓が跳ねた。――別にドキッとした訳じゃなくて、ちょっとビビっただけだ。 そのまま流れるように、唇が晒された項にぴったり吸いついてきた。やらしいリップ音の合間にくすぐったく舌が触れる。思わず身体の芯がじわっと熱くなって、半端に引っかかったままタイツの中に押し込められたアレを意識してしまった。位置が全然落ち着かない。正直これ以上エライ事になっちまう前に脱ぎたいんだけど。 「……はーっかい。ヤるんならとっととヤっちまおーぜ?」 「ん……そういうつもりじゃないんですって。このまま愛でさせてください」 ゾクゾクするような囁き声で耳を舐めながら、掌を焦れったく太腿に滑らせながら、そんな生優しいことを平気でのたまうのは大いなる矛盾ってもんじゃないでしょうか。 ていうかお前は自分から無理矢理着せといて俺の女装に欲情しねえってのかふざけんな。ムラムラしねえのか俺のきわどいスカートに。引き裂きたくならねえのか劣情そそる黒タイツを。とか割と本気でイラついてきたが、そんなことは思うだけでもアホらしすぎて口になんて絶対出せない。 ぐるぐる考える間にも八戒の左手はシャツの上から胸を撫で、右手はタイツの上から執拗に内腿を這う。あーもーこれ絶対煽ってる。絶対愛でるだけなんて手つきじゃねえ。男二十一年目、まさか痴漢に遭う女子学生側の気持ちをカラダで分かってしまう日が来るとは夢にも思いませんでした。 耐え切れず手で抵抗したってもう遅く、脚の間のスカートの布は微かに盛り上がっていた。カワイイ女子高生にあってはならない筈のモノが、制服の中で確実に主張を始める。外側を包む女の服と内側で奔る男の性。矛盾した二つが混ざりあって奇妙さを増すほど、何故かヘンな気分がめちゃくちゃに膨らんできて、ああもう。 ――我慢できねえ。 一瞬力の緩んだ隙を見て手を思いきり振り払い、身体の向きを変えて跨った。ちょっと目を見開いた八戒の唇を真正面から奪って、がむしゃらに貪る。唇と同じにちょうど重なり合って触れた八戒のソレは、キスの間に俺と大して変わらないぐらい堅くなった。一方の俺も、舌が音を立てて絡むたび浅ましく昂ぶって、半端に被さったシルクとレースが中で押し上げられる。落ち着かなくて二、三度腰を動かすとついにソレは横の隙間からぽろっとこぼれて、タイツの内側に直接貼りつく形になった。 「……積極的です、ね」 「まーな」 はぁ、と舌を抜かれた八戒がやけに色っぽく息をつく。ぽっと赤く染まった頬に騙されそうになるが、口の端が意地悪に上がっているのは見なくたって分かる。焦らして俺から動くように仕向けるのはこの男の常套手段だ。 被さった俺のスカートの中で漸く八戒の一物が取り出され、脚の間に軽く宛がわれた。くわえて、逃げないように腰に手が回される。 清純なスカートに覆い隠されたその中を、二人の男がひしめき合って不埒に濡らす。ぶつかる感触から伝わるそんなとんでもない光景を想像すると、何故だか堪らず腰が上下に揺れた。タイツにくっついた裏筋が八戒のと擦れて、痺れるような快感に濡れる。中から漏れ出したそれは外で八戒の蜜と混ざりあって、卑猥な水音を立てながら肌と肌の間に塗りたくられていく。 「っ、ふ……」 ぬるつく感触がかなりクセになってきて参った。このままイケちゃいそうかも。 「ん……服、汚れちゃいますね……」 「誰のせいだ、っての……ッひゃ」 ふいに滑りおりた八戒の手がスカートごと尻をきつく掴んで、軽く俺の身体を浮かせた。と思ったら、さっきまで殆ど当たらなかった孔のあたりに先端が突きつけられる。 「や、ぁ……っ、ソコは、今、いい、ってぇ……」 急にふにゃっと力が抜けて八戒の胸に倒れ込み、そのまま火照った顔を埋めた。後ろのほうを素股でじっくり弄くられ、いつの間にやらスカートの中まで突っ込まれた手で尻を撫で回されれば、一気に熱が恋しくなって情けないほど腰ががくがく震える。 先は窪みを浅く押してくるのに、間にある布が邪魔で自分からは咥えられない。早く脱がせて、早く挿れて。口に出して強請ったらコイツの思惑通りか。 「……ぁ、はっ、かい、も、ムリ……脱ぎ、た……ッ!」 その身に縋りついて言い終わる前に、窮屈な中で痛いほど張りつめたソレがびくびく痙攣した。あ、だめ。思わず口から洩れだした声と殆ど同時に、溜まった熱が一気に弾けた。 「……はッ…………は、ぁ」 八戒の胸の中で呼吸を整えながら、沸騰した頭を徐々に冷ましていく。 「……大丈夫ですか、休みます?」 労わるふりで背中を撫でる手に反して、スカートの中には未だしっかりと堅いモノが潜んでいる。ほんっとコイツは辛抱強いっつーかしつこいっつーか。それとも、これで俺が満足しないことまで見越して余力を残してるんだとしたら。膝の上で踊らされ続ける俺はどこまでも滑稽な、八戒の玩具そのものだ。――まあ今更か、そんなこと。 中では吐き出した粘液が次々に滴り、布と肌の間を絶えず滑り落ちていく。ただでさえ汗で蒸れた中が余計にムズムズして気持ち悪くて、これ以上着てられたもんじゃない。 「……離せ、八戒」 八戒は静かに、肩や背に置いた指先から力を抜いた。 この流れもどうせ全部計算済み。でも別にそれで構わない。お前がさっさと本性現して、もっとちゃんと全身使って、俺を望むとおりに気持ちよくさせてくれるんなら。 跨った腰を一旦上げてスカートに手を差し入れ、外も中もどろどろに汚れたタイツを膝までずり下ろす。次に、尻の間を責め立てられた所為でがっつり食い込んだ薄い下着も。まだ感情の読みにくい顔をした八戒に、わざわざ一枚ずつ、見せつけて煽るみたいにして。 こんなエロい下着を履いてみたところで、上にスカートを重ねたところで、オンナになった気分なんぞ味わえる訳はない。見た目は多少誤魔化せたって太腿や尻や胸がいきなり柔らかくはならないし、何より身体のド真ん中に隠しようもなく男の象徴がくっついてるんだから――そんなことは充分わかってる筈なんだが。 じゃあこんなに八戒が欲しくて仕方なくて、独りでイったって飽き足りなくて、懲りずにスカートの奥が甘ったるく疼きだす理由は何だ。 解放されて阻むものを無くしたソレが、はしたなく反り返ってプリーツを捲り上げる。息を呑む音が微かに聞こえた。そのままスカートの中に八戒を招き入れて、第二ラウンドのご挨拶がわりにまた唇にしゃぶりついて、舌をきつく吸いあげて。喧嘩を売るような低い声で誘う。 とっとと俺サマに欲情しろ。 絶対に口にしないと誓った筈のアホ極まりない誘い文句を受けた八戒は、とっくに、と答え妖しく眼を光らせて。 そのあとは言いつけを守る律儀な男に、何度もひどく欲情された。 シーツでのたうち回るうちに乱れた髪が落ち着かなくて、丸められた部分を適当に解体する。巻きつけられたせいですっかりクセがついていて、やけにくるくるしたポニーテールになった。 「あ、それもまた可愛いです」 「……そりゃどーも」 今日だけで腹いっぱいってほど浴びせられた賛辞を、シャツ一枚で寝転がったまま受け流した。八戒がたった今淹れてきた――今度こそ怪しい物は入っていない筈の――コーヒーを受け取って、一口啜る。いつもより僅かに甘く感じた。八戒も自分のマグに口をつけながらベッドの枕側に腰掛ける。 「お前さぁ、制服とか好きなワケ?」 俺あんまロリ系に惹かれねーから解んねーわ。なんて続けざまに言うと、八戒はきょとんとして俺の方に向き直った。 「そういうのはどっちかというと天蓬の専門ですよ」 「……あー」 その名前を聞いて、この服の入手ルートがなんとなーく分かったような気がした。そんな趣味もあったのかアイツ。どこまでも未知数だな。 「……いえね、僕としては、貴方が恥ずかしがってくれるなら巫女さんとか看護婦さんとか別に何でもよかったんですけど」 可愛らしく両手でマグを持って俯いた八戒さんは、恥ずかしげにぽつぽつと、全く可愛らしくないことを仰った。 「僕、だいぶ飛び級をしてるもので。……もっと学校での生活を楽しむのも選択肢としては有りだったのかなぁって、ちょっとだけコンプレックスがあったのかもしれません」 制服というのはつまり、分かりやすい青春の象徴なんだろう。コイツが振り向きもせずに駆け抜けた時代を今更懐かしんでみる為の。 気の利いた答えも返せず、俺はじっと手元のコーヒーから立ち上る湯気を見つめた。最中にリボンで縛られた手首の痕が視界の端にちらついて、つい溜息混じりの皮肉がこぼれる。 「……楽しみ方がちっと間違ってるんでない?」 「そこはほら、悪い大人になっちゃったもんですから」 眉根を寄せて、八戒は自嘲するように笑んだ。 青春の勢いと大人の狡さなんて掛け合わせたら、そんなもんは完全に狂気の沙汰だ。まあ、一緒になってサカってた俺だって人のことは言えねえけど。 「……あ、忘れてた」 ぽそっと呟いて俺に背を向けた八戒が、ベッドの傍の本棚の上に手を伸ばす。ぴろん、と手元から機械類の操作音がした。 何だっけ、この妙に明るい音。確か携帯のムービーの、撮り始めだか撮り終わりだかに鳴る感じの―― 「…………八、戒?」 「……はい?」 にこやかに振り返る悪い大人の手の中で一瞬煌いたSDカードの在処は、数ヶ月経った今でも全く分からない。 2013-12-30 |