「あの、捲簾さんは何時に」
「あぁ。泊まりになったんだってよ、さっき天蓬がメール寄越した。こっちにも連絡してくれりゃいーのに」
「……帰って来ないんですね? 急に僕を呼んだのはそういうわけですか」
 悟浄が頷く代わりに口の端を上げた瞬間、触れそうで触れないまま黒いソファの上に並んでいた二つの人影が僅かに擦れた。先に動いたのは八戒の腕。傷のある頬に指を這わせ、手繰り寄せるようにキスをする。悟浄の手も八戒の背に回され、唇を重ねつ離しつ高め合うように互いをまさぐる。息と唾液が零れるままに混じり合って二人の境界が曖昧になってゆく。
「ん、ねぇ、悟浄……ここ、使って」
「……しゃーねーなぁ」
 唇をなぞって強請る八戒の言葉に、悟浄は満更でも無さそうに応えた。ついばむような細かいキスを繰り返しながら悟浄の指が下りてゆき、八戒のそこを服の上から撫でる。少し反応したのを感じ取ると悟浄はファスナーを下ろしてモノを取り出し、少し開いた腿の間に頭を預ける。ちろちろと弄ぶように舌で先を転がし、そのまま唇に、
 ――ピンポーン。
 随分と空気を読まないチャイム。ただ目を瞬かせる悟浄に反して、八戒は何故か背筋にひどい悪寒を感じた。ちょっと見てきます、と客人の八戒が身なりを整えてさっさと立ち上がると、止めるタイミングを見失った家主(の居候)の悟浄は間抜け面で見送った。

「捲簾さんならご存知の通り研修が長引いてお帰りになりませんよ何の用ですか」
 態とらしく微笑む八戒が一息に言い放っても、来訪者は怯まない。悠々と煙草を吹かしている。
 八戒の部屋になんだかんだと長く居候をしているこの天蓬という男は、相当な食わせ者だ。天蓬はそれほどでもないようだが、少なくとも八戒は彼をあまり好く思ってはいない。知識は深いし頭の回転は速いし気が乗れば結構何でも出来てしまうし、聡明なところは高く買っているのだが、如何せんだらしなさすぎるし突飛な言動が多すぎる。ただ成り行き上面倒を見ているのを今更放り出すわけにもいかないし、更に先輩である捲簾との関係を知れば尚更面倒は起こしたくない――といった感じで、なあなあで居座られているわけだ。
「えぇ、承知ですよ。最近本っ当につれないんですよねぇ、仕事が忙しいのか知りませんが」
「あぁ彼このまま順調に行くとマスターを継ぐんです、色々手続きも差し迫ってるのかも。で、なんで貴方はここに居るんですか?」
 用が無いなら今すぐ帰れと言わんばかりに捲し立てる口調に、天蓬は自分の来る前後の状況を察して薄く笑った。そして今思いついたように、「お邪魔」したついでに、と提案を持ちかける。
「其方の悟浄、ちょっと味見させてくれませんか」
「トチ狂ったんですか厭です」
「借りたい訳じゃありませんってば、貴方達のを見せてくれればいいんで。お店で会ったのは数回きりですけど、よく似てますよねぇ顔も声も。流石にまだ青いですけど」
「余計に厭ですよ。なんで貴方に見せなきゃ……そもそも、いくら似てるからって捲簾さんの代わりになんて発想が下衆いです」
 そうですか、と呟いて天蓬は携帯灰皿に煙草を押しつける。数秒おくと彼はまた、いかにもどうでもよさげに呟いた。
「別に、捲簾に貴方達のことをバラしてもいいんですけどね」
「、」
 勢い良く吐き出されていた八戒の嫌味が喉につっかえる。
 捲簾と天蓬の関係は周知の事実であるし、悟浄と八戒のことも半分事故のような形で天蓬にはバレてしまったのだが、捲簾は恐らく知らないのだった。特に八戒は今のところ隠すつもりでいた。何かと後ろめたいこともしてしまっているし。
「知られたくないんでしょう? あの人悟浄のこと本当の弟みたいに想ってますからねぇ。男に走ったうえ相手が職場の後輩で、しかも主にヤられてるなんて知ったら卒倒しちゃいますよ絶対。まぁこれ棚上げって言うんですけど」
「……脅しですか。いい性格してますね」
「お褒めにあずかり光栄です。それとも……そんなに悟浄のことが大事なら、代わりに貴方が楽しませてくれます?」
 一瞬の隙を狙い、天蓬は八戒の首に右手を回して自分の高さまで引き寄せる。と同時に左手を下に滑らせると、ついさっき柔い唇が触れかけた、濡れた先端が疼く。八戒は不快そうに顔を歪めて天蓬の肩を押し返した。意外に強い力に天蓬は、危うく後ろに倒れかける。
 そして俯いた八戒が、諦めを含んだ声音で告げた。
「……絶対に悟浄に手出ししないこと。脱ぎだしたりしたら即刻追い出します」
 とにかく実害が出ないならそれがいい、それこそ何かの事故だったと思ってこの件は忘れよう。
 八戒はそんな風に思っていたのだ、その時は。

「…………なんでアンタがいんだよ」
 これほど見事なタイミングで現れる従兄の恋人にも、玄関先で一悶着あったように聞こえたがそれを迎え入れた自分の恋人にも、悟浄は納得がいかない。
「悟浄、続きを」
「は?」
 八戒は徐に先程と同じくソファーの端――リビングの入口に近い方――に腰掛け、真ん中あたりに呆然と座っていた悟浄の頭を懐まで引き寄せた。
「え、ちょ天蓬が居……は、待てってコレ何プレイよ!?」
「いいですから、ほら」
 見下ろす八戒に急かされると、悟浄は思わず黙り込んだ。天蓬はソファーから少し離れて、テレビでも観る様にのんびりと胡坐をかいて二人を眺めている。傍から見たら不可解な図だろう。
 ごく小さな声で、八戒は胸元に引き寄せた悟浄に囁く。
「納得したら帰ると思いますから、その後でちゃんと」
「……何吹き込まれた? 脅されてんなら俺が」
「貴方で太刀打ちできるわけないでしょう。それに」
 言いかけて八戒は、悟浄の手首を脚の間まで導いた。大きな掌の中に、隆起した感触が押しつけられる。
「……さっきのでもう、あつくって」
「お前なぁ……」
 八戒は抱いた悟浄を一度放すと、肘掛けに片肘と背中を預けて寝そべり、軽く曲げた脚を開いた。アングルによっては女性的というか悩ましいポーズだ。
 悟浄は少し呆れ顔のまま、脚の間に潜り込んで窮屈なファスナーを下ろし、その状態をまじまじと見て息を呑んだ。ちらりと横を伺えば天蓬の視線は丁度そのあたりに注がれていて、開いた唇が一瞬躊躇う。が、切羽詰まって妙に色っぽい八戒の声で「はやく」なんて言われてしまえば抗えない。悟浄はぎゅっと目を瞑ると、恐る恐る唇を這わせた。

 部屋に吐息と水音が満ちる。吹っ切れたようによく動く悟浄の舌と唇に、二人の焼けつくような視線が注がれる。舌が裏筋をなぞると、色の白い右手が紅い頭を更に引き寄せた。じゅ、と卑しい音を立てて唇が強く吸いつくと、その腰が少し揺れた。悟浄は息を切らしながら、舐めて、食んで、咥え込んで、粘膜で八戒の律動を感じ取る。
「……ふふ、その余裕の無い顔」
 ふと、天蓬が横から乱れた悟浄の髪に手を伸ばした。額から分け目に沿って梳いてゆくと、一緒くたに咥えられて濡れた毛先が唇から滑り落ちる。流れるように動かした指先で伏せられた長い睫毛を遊んで、天蓬は囁く。
「昔のあの人にそっくり」
「ッ触るなって、言った、でしょう……!」
「手出しは無用と言われたまでですよ?」
 天蓬は暫し悟浄の様子を眺めていたが、ふとなんだか物足りなげな顔をして身を後ろに引いた。
「っふ、」
 丁度そのとき。生暖かく覆われていたソコがふと冷えて、天蓬を睨みつけていた八戒の意識が悟浄の方に戻る。飛ばしすぎたのか真っ赤な顔で息を上げている様が愛おしく、八戒はその頭をゆるりと撫でた。
「上手ですよ……ほら、あと一息」
「……は、ぁ……なんっか、調子狂……っう?」
 ゆっくりと瞼を開いた悟浄の語尾が疑問形に上がる。八戒の視界の端で、何かが揺らいだ。
「ふ、っ……」
 悟浄がふいに吐き出した熱っぽい息に、ぴくりと動いた眉に、反射的に八戒のソコがまた重くなった。しかしすぐ我に返り、顔を上げると――スウェットを膝までずり下ろされた悟浄の身体の中に、いとも容易く天蓬の指が。
「なっ、おい……ッ、何」
「……天蓬!」
 湿った息に思いきりソコを刺激され、八戒の声が思わず少し上擦る。天蓬は床に立て膝をつき、隙を見て横から手を出したらしい。
 躊躇いのない天蓬の指が入り口を越えてずぶずぶと這入ってゆくと、感触を受けて悟浄の腰が逃げるように動く。抗おうと宙を掻いた腕からは段々と力が抜け、だらりと弛緩する。反対に下を向いていたソレは、操られるように上向きに動き出す。そこから滲む液を使い、緊張して締め付ける中を強引に貫きながら、へぇ、と感心したように天蓬は言う。
「案外やらしいですね、ここ。捲簾より緩いかも……普段どんな激しいコトしてるんです?」
 どちらに訊いているのかは敢えてはっきりさせない。厭な男だ、と八戒は息を詰めたまま思わず顔を歪める。
「っ、」
 ふと悟浄の腰が大きく跳ねた。閉じていた目が見開かれて、恐る恐る後ろを向こうとする。
「……て……天蓬? ……ッひ、んぁ、あぁ、ァ……!」
 増えた指に奥を掻き回され、悟浄がとうとう声を漏らす。何を仕掛けたのかと八戒が其方を見やれば、天蓬が益々不敵に笑っている。
「八戒、貴方僕より指が短いんじゃないですか。この子、ココ……初めてみたいです、よ?」
 根元まですっかり入った三本のうち中指が動くと、俯いたまま乱れる悟浄が八戒の腰にしがみつく。奥の奥に眠っていた一点を的確に刺激された身体は、動揺を隠せないまま快楽の波に堕ちてゆく。すべての感覚が一箇所に持って行かれているかのようだった。呼気は更に荒く、瞳は徐々に潤み出す。振り乱れた紅い髪と開いた口から零れた唾液が剥き出しのソコに触れて、否応なしに八戒を昂ぶらせる。
「……っ、や、あぁ、あッ……!」
 ぎゅう――と暫く圧迫されたところから急に天蓬の指が離れると、一気に下に血流が集中し、ソコはどくどくと脈打って震えながら液を垂れ流す。ソファーの黒い革の上にぱたり、と雫が滴りだす程に。
「てん、ぽ、ぉ……」
 求めるように名を呼ぶ掠れた声に、八戒は吐き気を催した。自分以外に、よりにもよってこの従兄に、されるがままで情欲を引き出されているこの淫乱が許せなくなった。
「……悟浄、こっちが止まってますよ」
 思い出したように悟浄が再び舌をあてた瞬間、八戒は髪を引っ掴んで奥まで無理矢理呑ませた。
「っぐ!」
 ごほ、と噎せ返る音も栓に塞がれて内側に篭る。怒りを顕にした八戒を見て天蓬は少し面食らったかと思えば、すぐにまた胡散臭い笑みを浮かべて悟浄に語りかけた。
「僕が触ると怒られちゃうみたいなんで、自分の指でやってみましょうか?」
「ちょ、っと……!」
 八戒の腰に回されていた手を、指先を濡らした天蓬の手が絡め取る。自身が臨界に近づくたび天蓬の勝手気侭な動きに対応できなくなってゆくのが、八戒は悔しかった。睨む翡翠の瞳は濡れている。状況が圧倒的に不利だ。
 天蓬は感触を確かめるようにその中指を舐ると喉を鳴らし、堪らないように溜息をつく。
「ん……長いし、節も太いですね。ココが一番似てるかも……イけそうですよ」
「ッは……似てる?」
「ええ、指の形が、捲簾に」
「捲、」
 その言葉を聞いて、悟浄の腕の抵抗が弱まった。天蓬に導かれるまま、溢れた蜜に浸したのちに挿し入れてゆく。
「指を揃えて。身体の力を抜いて……そのまま、もっと奥に」
 天蓬は掴んだ悟浄の手首を深く誘い、時折焦らすように引き抜かせる。ずぷり、ずぷり。三本の指がまた中をねっとりと前後に這うと、呼応して腰が絶えず上下する。熱を帯びた息と声にならない喘ぎが、口に含んだ八戒のものを丸ごと生暖かく包む。
「っん、んん……ふ、ぁ」
 しゃぶりつきながらみっともなく蕩けている姿は八戒にとって息を呑むような悦楽でもあり、我慢ならないほどの屈辱でもあった。それでも身体は前者に酷く敏感らしい。しっかり咥え込ませたモノは温い水の中で大きく引き攣る。
「……ッん……ごじょ、そろそろ……っ」
 漏れる息の狭間に、あぁ、と何かが切れたような高い嬌声が溶けた。
 奥にどっと放たれた塊に、悟浄はそのまま軽く咳き込んだ。間髪入れず、唇を離して肩で息をする悟浄の喉仏を八戒の人差し指が辿る。後ろからじわじわと侵す快楽に揺さぶられたまま、悟浄はどうにか応えるように喉を動かす。何度かえずいて漸く呑み込むと、眉間に皺を寄せた。
 と殆ど同時に、八戒の腰に縋り付いた左手に力が加わる。落ち着きのない腰が一際高く浮く。達する、と二人が確信した瞬間――刺激が止んだ。天蓬が手首を掴んで止めたのだ。
「貴方はまだ駄目です。もう少しだけ……」
「ッや、だ……とっとと、イかせ、ろっ」
「……誰にそんなこと強請ってるんです、悟浄」
 一度出し切って冷静になった八戒は、益々怒りと嫉妬を顕にしている。そんな口は塞ぎますよ、と冷たく吐き捨てて、白く汚れている先端を押し込んだ瞬間――

 玄関のドアが開いた。

 生ぬるく澱んでいた空気が、一瞬にして凍りつく。悟浄と八戒は時を止められたような心地になって、玄関から居間までの短い足音も殆ど耳に入らなかった。
「ただーい………………は?」
「お帰りなさい、捲簾」
 立ち尽くす捲簾に平然と挨拶をしながら、天蓬は焦らしに焦らした指を届かせて止めを刺す。
「ッふ、ぁ……!」
 自らの指先で奥を突いて、悟浄はソファーに擦りつけた先端からとうとう情を吐き出した。えらく焦らされたせいで一気には発散されず、様子を伺うように漏れ出てくる。中々終わらない中途半端な快感と不快感に、悟浄の脚が震える。恐らくは策略通りにまんまと捲簾の目の前でイかされてしまった訳だ。
 ふらふらになるまで揺さぶられた悟浄は、もうまともに声も発せない。じゅくじゅくと濡れてゆくソファーの上にへたりこんで、ぼやけた視界の中に捲簾を捕える。表情は、悟浄からはよく見えなかった。
 悟浄の様子に暫し目を奪われていた八戒が、はっと我に返って後ろを振り返る。そうだ。戸口にはどうしてか、居る筈の無い男が立っている。




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